
みなさんこんにちは、涅槃ぶろぐのモロです。
今回は「人生の意味を実感するために必要なこと」みたいなテーマで書いていきたいと思います。
みなさんは自分の人生の意味について考えることはありますか?
また、自分の人生の意味を感じる時がありますか?
ふと「なんのために生きているんだろう?」なんて疑問が頭をよぎることがあると思いますが、そんな方の参考になると思うので、是非最後まで読んでみてください。
人生の意味とは?

まず、大前提の話からいきたいのですが、「人生に意味はあるのか」という部分について考えていきたいと思います。
私は視点によっては意味があるだろうし、視点によっては人が生きる意味なんてないとも思っています。
たとえば、私が今この瞬間に死んだとして、宇宙規模で考えたら特に変化は起きないですよね。
また、私と関わりのない人からすれば、意味なんてありません。
日本のどこかに左利きで辛い食べ物が好きな「権田原さん」がいたとしましょう。
現状においてその人と私にはなんの関わりもないので、私が死んだところでその人に影響もなければ、直接的な意味も生まれない。
しかしながら、私の家族にとっては大きな影響を与えます。
私が死んでしまうことによって、息子たちは今後「パパがいない人生」を歩むことになるだろうし、人格形成や金銭的な部分においても影響が出てきますよね。
つまるところ、人の生きる意味は関係性の中に生まれるということが言えると思います。
自分は何のために生きているのか

その上で、自分の生きる意味が曖昧になるときってありますよね。
たとえば、家族のために毎日必死に働いているつもりが、家族と過ごす時間もろくに取れず、家族との関係も悪いとしましょう。
こうなったとき「俺はなんのために働いているんだろう?」とか「俺の人生って一体何なんだろう?」ということを感じると思います。
自分が重視している関係性そのものがうまくいっていないときに、自分の意味がわからなくなってしまう。
だからこそ、人が生きている意味を感じるには、関係性を育むことが第一に重要だと考えます。
生きたという実感:感覚・記憶・記録

ではここから、人生の意味を実感するために必要なことについてお話していきます。
私の場合でいうと、息子や妻から「ありがとう」と言われたり、息子の成長を肌で感じることができたときに、自分が生きていることの意味のようなものを実感することが多いです。
自分が「生きた」、あるいは「生きている」と感じるには、3つの要素が大きな役割を果たすと考えています。
感覚は、現在進行形で「自分は生きている」と感じることです。
痛みや喜びや悲しみなど、自分の感覚器官を通してリアルタイムで発生している感覚によって、自分が確かに生きていると感じられる。
記憶は、「あの時こうだった」というものです。
自分という存在を通して感じたことや体験したことが、自分の中に蓄積される情報のことです。
ただし、感覚も記憶も、自分という存在が消滅したときにすべて消えてしまいます。
肉体と精神が消えてしまうと、誰かにその情報を伝えることが出来なくなってしまうんですよね。
そこで重要になるのが記録です。
この世になにを残す

記録とは、自分という存在をなにか別の媒体に残すことだと思っています。
写真や動画もそうだし、文章もそうです。
一般的に、人が死ぬと「無」になるという風に考えられていますよね。
どれだけお金を稼いでも、あの世には持っていけない。
どれだけ素敵な経験をしても、あの世には持っていけない。
なんだか悲しいし、寂しい気がしますよね。
だからこそ私は「この世になにを残すのか」ということをよく考えるんです。
自分が考えていること、自分が成し遂げたこと、自分がどんな人生を送ったか。
そういうものをこの世に残すのは結構難しいことだと思っています。
私の場合は、子どもを通してこの世に自分の思想や生き方を残すことができるのではないかと考えています。
そしてこのブログもその一つです。
自分がどう生きたか、なにをしたか、どんなことを考えていたか。
そんなものを誰かに伝えたり、伝えた先で反応があったりして、その結果を確認することで自分の人生の意味を確認できるんじゃないかな、と思うんです。
まとめ
人生の意味を実感するためには、「記録すること」と「この世になにを残すか」が重要なヒントになると思っています。
感覚や記憶は時間とともに消えていき、あとから振り返るのが難しくなります。
でも、流されていく「確かに自分は生きている」という実感を記録することで、そこに残すことができるわけです。
もし今「自分はなんのために生きているんだろう?」と感じるのであれば、自分のこれまでの人生を書き出してみてください。書き出すことで、その中に意味を見出すことができるかもしれません。
私の好きな言葉で、「あの世にはなにも持っていけないけど、この世になにかを残すことはできる。」というものがあります。
誰かの心の中に何かを残したり、自分の人生を通してどんな影響を与えることができたのか。
そこに人生の意味が宿るのではないかと思っています。
この記事が誰かの参考になれば幸い。
それでは素敵な人生を。