
みなさんこんにちは、涅槃ぶろぐのモロです。
今回は「幸せの正解」について考えていきたいと思います。
(基本的にいつも考えていることですが)
みなさんは自分の中に「幸せの正解」というのを持っていますか?
もしこれが明確になっていれば、人生を通して大幅に幸せに近づくことができると思うので、「幸せの形は曖昧だなあ」という人は是非読んでもらいたいです。
幸せの正解

まず、大前提から話していくのですが、私は幸せの正解というのは決まった"形"が無いと思っています。
「おいおい、さっき言ってた話と真逆いっとるやないか」と思われたかもしれませんね。
しかし、注目してほしいのは"形"と言う部分です。
それはたとえば、「ケーキを食べることが全員にとって幸せとは限らない」というような話です。
人には好き嫌いや性質と言うものがあって、「人によって幸せの形が違う」ということが大前提として言えるわけです。
つまりは、「これをすれば幸せになれます」みたいな、絶対的な形がないので、自分自身で自分の幸せの形を探さないといけないということが言えるんですね。
しかしながら、個人には「幸せ」という感覚はたしかにあって、みなさんもそれを感じながら生きていると思います。
(頻度は人によると思いますが)
「幸せ」は確かに存在しているけれど、どういう条件で「幸せ」を感じられるかが明確でない。
これが大体の人の立ち位置だと思っています。
幸せを感じる条件

人によって「幸せを感じる条件」と言うのは違います。
(ここの理由について掘り下げるとややこしくなるので、今回は触れません。)
たとえば、先ほどあげたように「ケーキを食べれば幸せ」と言う人もいれば、比較による安堵が幸せにつながるというような人もいるわけです。
それぞれ、現象を体で受け取って、体内で「幸せ」を感じ取っているように思うのですが、その「現象」は全く違うものですよね。
さらに言うと、前者は「他人との比較」から幸せを全く感じないかもしれないし、後者はケーキを食べることでも幸せを感じることがあるかもしれません。
つまり、幸せというのは「自分の心身をフィルターとして目の前の現象を受け取って、それをどう意味づけするか」という、反応だと思うんですよね。
そして、この「意味づけ」の部分が人によって異なるわけです。
個人において、この「意味づけ」の部分が明確になれば「幸せになるためにはこれをしたらいいんだ!」というのが見えてきそうですよね。
幸せの形を知るためにやるべきこと

人によって、目の前の現象に対しての意味づけは違います。
花びらが落ちる様子を見て「悲しい」と感じる人もいれば、「美しい」と感じる人もいるわけです。
なので、自分の中における意味づけの法則性を知ることが大事だと考えています。
・私はどんなときに幸せを感じるのか
・不幸を感じるときはどんなときか
ざっと上記の2点を紙に書き出すところからスタートするのが良いと思います。
これをすることで、自分の中での意味づけの法則性のようなものが見えてきます。
誰かといるときに幸せを感じやすいのか
それとも一人でいるときの方が幸せを感じやすいのか
というようなことですね。
1人の時間を「寂しい」ととるか「贅沢」ととるか、みたいな話なんですが、その状況を個人の中でどのように意味づけしているのかを探っていきます。
その上で、「自分が不幸を感じるときの条件」をなるべく生活から排除していきます。
幸せの形を知るためにやるべきことはシンプルで、
・幸せの条件を自分で理解する
・不幸の条件を今後の生活から排除する
これだけで幸せの形が浮き上がってきます。
「幸せの正解」は他人が決められることではない

ここまでの話を通して、
・幸せの形は人によって違う
・幸せの形は自分で探さないといけない
・幸せになるためには、幸せの形を明確化し、不幸の種を取り除く必要がある
ということがわかってもらえたかと思います。
そして、上記のすべてに共通することですが、自分の感覚と真正面から向き合うことが求められます。
結局、自分の目の前に展開する物事が「幸せ」か「不幸」かを判断するのも、自分自身で、自分自身に「いま、幸せかどうか。」を問いかけて、それに答えを出す必要があるんですよね。
あたりまえのことのようですが、意外とこれが難しいと感じる人も多いようです。
よく「別れたいのに、別れられない。」みたいな状態が恋愛には存在すると思います。
これについては「幸せ」と「不幸」の観点で片が付く話ではないと思っていますが、自分の人生を生きようと思うなら、自分が幸せになれる選択をした方がいいのはわかりますよね。
でも「自分でもよくわからない」という状況に、人は時として陥ってしまうようです。
だからこそ、自分の幸せの形は自分で知っておいた方がいいし、自分の感覚に向き合うことは大事だと思うんですよね。
自分の中に確かな感覚があれば、周りの意見に流されることもなくなるし、自分の感覚に従って生きることができるようになると思っています。
まとめ
今回は「幸せの正解(形)」についてまとめてみました。
「幸せ」とは結局、感覚的な概念なので、明確に言い表すことができないものです。
だからこそ、自分の中に発生する「幸せ」の感覚に目を向けることは、日常的にした方がいいし、「この幸せの感覚は、どういう条件で発生しているんだろう?」ということに意識を向けることは大切だと思っています。
幸せには決まった「正解」がないからこそ、自分で探す。
この記事が誰かの幸せを見つけるための参考になれば幸いです。
それでは素敵な人生を。