
みなさんこんにちは、涅槃ぶろぐのモロです。
今回は「記録すること」について書いていきたいと思います。
私は普段から、記録をとるのが好きで、よくいろんな記録をとっているのですが、その魅力と意味について私の観点でお話していきたいと思います。
記録すること

前段でも書いたように、私は記録することが好きです。
この涅槃ぶろぐも記録の一部なのですが、他にも
・3年日記(アナログのもの)
・息子たちの日々の記録(スマホに日常の中での出来事を記録してます)
・写真(日常のスナップ)
・動画(涅槃ぶろぐの情報を動画化)
・SNS(自分の考えをメモ的に書き出し)
というようなことを行っています。
それぞれ「なぜやり始めたのか」ということを考えてみたんですけど、「子どもの誕生」が大きく関わっているようでした。
人生の記録

まず、3年日記については子どもが産まれるということがきっかけでつけ始めました。
なんとなく、そこから人生が大きく変わる予感があったのだと思います。
その日記もかれこれ6年目に入っています。
(こどもも今年で6歳になる)
当時は、漠然と「日記を書いておこう」という感じでスタートさせたんですが、ここまでちゃんと続くとも思っていなくて(笑)
ただ、書いてみるとめちゃくちゃ面白いんですよね。
字から、文章から、その時の自分の状況がよみがえってくるというか。
「当時の自分」と「今の自分」を比較的に見れる部分がとても気に入っていて、よく「日記つけはじめてよかった~」と思うことがあります。
自分がこれからどうなりたいのか、そして、今の自分はどうなのか。
そんな確認を、「日記をつける」という動きを通して行ってきたように思います。
記録をする意味

私は、生きていく中で「自分が損なわれていく」という風に感じています。
あんまり意味が分からないと思うので説明をさせてもらいます(笑)
人は当たり前のように「確固たる自分」というものを持っているように感じていると思うんですが、私は「確固たる自分」というものが存在しているとは思っていません。
私は時間と共に、いろんな情報を受け取るし、受け取った情報をもとにいろんなことを考えます。
そして、それを基にいろんな言動を行います。
思考や言動の癖はあるのかもしれませんが、1秒前の自分と今の自分でも明確には違う自分として扱っているんです。
で。
記録というのは当時の「自分」に会える手段だと思ってるんですよね。
写真だと、その時にグッときたものを切り取って、残しておくわけですが、昔の感覚と今の感覚では、撮っているものも違うし、表現の仕方も大きく変わっているんですよね。
また、文章もそうだったりします。
昔書いた文章を見ると恥ずかしいような気持ちになるのですが、それも含めて「自分」なんだろうな、とか思ったりするんです。
過去の自分と向き合う

そもそも「当時の自分に会う必要があるの?」と思われるかもしれません。
時間は常にすぎていくもので、目の前には「今」しかないわけだから、今が良ければそれでいいんじゃないの?というの人もいるかもしれませんね。
それは、その通りだと思います。
ただ、私にとっては今を良くするために過去と向き合っておきたいという感覚があるんですよね。
私はこれまでにいろんな失敗をしてきました。
今の感覚で考えれば「なんでそんなことをしたんだろう?」と思えるような失敗もたくさんしてきました。
でも、そういう過去の失敗も、当時の自分からしたら等身大で、どうすることもできなかったんですよね。
だからこそ、同じ失敗は繰り返したくないし、今の自分が少しでも前に進んでいるとか、成長している実感が欲しくて記録しているのかもしれません。
そもそも「生きた」ということは、記憶と記録と実感でしかないと思っています。
つまりは、過去(今)起こった出来事と、それを受け取った実感こそが「生きた」ということの証明になると思っているのです。
そう思うと、自分が生きていることを実感するために記録は重要な手法になるし、自分が生きているということを確認できるなら、記録には大きな価値があると思うんですよね。
まとめ
いろいろと書いたのですが、個人の感覚や人生の記録って、その鮮度を保とうと思うと、自分が関与しないとできないんですよね。
つまりは、自分が生きた意味や実感を残すには、自分が「残そう」と思わないと無理だという話です。
たとえば、そこに「生きた実感」を必要としないなら、そもそも記録も必要でなくなるのかもしれませんが、私は自分が生きているということを感じながら生きていたいと思うんです。
そこには、自分なりにでも意味を見出したいと思うし、自分が生きたということに関してなにかを感じていたいと思っています。
「なので」ではないですが、記録はおススメです。
自分の「今」に意味をつけやすくなるので。
この記事がだれかの参考になれば幸いです。
それでは素敵な人生を。