
みなさんこんにちは、涅槃ぶろぐのモロです。
今回は身体の使い方みたいなお話をしていきたいと思います。
私ごとなんですが、最近?というか、今の仕事を始めてから肩こりが酷いんですよね。
そんな中で、「体の使い方が悪いのかな?」と感じたことがこの記事を書くきっかけになりました。
もし、肩こりや身体の不調を抱えている人は読んでみてください。
正しい身体の使い方

前段でも述べたように、日ごろ肩こりが酷いんです。
なるべく仕事の合間にストレッチをしたり、姿勢に気を付けたりしてはいるんですけど、どうも改善される様子が無い。
「仕事がそもそもあってないのかな?」なんてことを思ったりもしたんですが、たまたま読んでいた本に「アレクサンダーテクニーク」という、身体の使い方の話が出てきました。
アレクサンダーテクニークは、一言でいうと「体をがんばって整える方法」ではなく、「無意識のクセをやめる方法」だそうです。
つまりは、正しい姿勢を作ろうと頑張るのではなく、余計なことをやめた結果、姿勢が整う。という考え方をしているんですね。
※アレクサンダーテクニークについては、まだまだ理解と実践が足りていないので、この記事ではこれ以上触れません。
たしかに、私の普段の生活を見返してみると、変に身体が力んでいる実感があって、「余計な力を抜く」とか「自然体であるために」みたいなことはあまり考えたことがありませんでした。
自分の身体の使い方を考える

普段から姿勢については割と意識を向けている方だとは思うんですが、意識の方向性としては「背筋をピンとしないと」とか「肩を下げないと」とか、やらないといけないことばかりを考えていたように思います。
そして、この意識が向かう先がどこなのかというと「綺麗に見える形が正しい」という思い込みなんですよね。
でも、よくよく考えてみると、そんなこわばりが身体に負荷を与えているなら、それが「正しい」とは決して言えないと思います。
事実、私は肩のこりをよく感じるし「姿勢を意識しているのになぜなんだろう…?」みたいな、変なジレンマに陥っていました。
そういう意味で、アレクサンダーテクニークは、考え方がそもそも間違っていた可能性に気付いた瞬間なんですよね。
あらためて考えると、人の頭はボーリングの球くらいの重さがあるようなので、それを無理に支えに行くというのは、どうも違うような気がしますよね。
身体にとっての快適性はどこにあるのか

私たちは自分の身体を日々動かしているわけですが、その「正しさ」というものを意識することはあまりないと思います。
たとえば、「その瞬間において楽かどうか」で姿勢を変化させることはあったとしても、長時間その姿勢でいると体のあちこちが凝ってきて、姿勢を変えたりしますよね。
「そういえば」ではないですが、子どもの頃はあまり体の凝りというものを感じなかったように思います。
もちろんそれは若さによるものでもあると思うのですが、力を抜いて、適切に身体を扱うことができたなら、身体の不調はマシになるんじゃないかと思っています。
私たちは人生を生きる中で、どうしても身体の存在を軽視してしまうものだと思います。
「大丈夫だろう」
「自分の身体のことは自分が一番わかっている」
そんな感覚から、どこか雑に扱ったり、過度に負担をかけてしまっているような気もします。
でもきっと、身体にも良い使い方があるだろうし、それを身に付けるとか、探すうごきというのは、今後の人生を考えてもためになるんじゃないかな?と思うんですよね。
これは「アレクサンダーテクニークが正しい!」と言いたいわけではなくて、自分の身体のことをもっと良く知って、使いこなせるようになるのってメリットがたくさんあるんじゃないの?とかを思うわけです。
まとめ
私は今年で33歳になったのですが、身体の不調をよく感じるようになりました。
ただ、この原因をただの「老化現象」とは見ていなくて、仕事を始めたことで運動の習慣が無くなってしまったことや、仕事の影響で同じ姿勢で固定されることが多くなったことなどが原因だと思っています。
つまりは自分の身体のメンテナンスがちゃんとできていないというようなことですね。
機械も使わなければ錆びていくわけで、人間の身体もメンテナンスをしないとどんどん機能は落ちていくものだと思います。
少しでも自分の中にきっかけを感じる場面があったのなら、それはきっと目の前の行動を変えるタイミングなんだろうと思うんですよね。
この記事がだれかの参考になれば幸いです。
それでは素敵な人生を。