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生活に喜びをもたらすちょっとした工夫について。たった一つの行動で毎日が変化するかも…?

みなさんこんにちは。

またまた日替わりのお題について書いていきます。

文のお題 (日替わり)
生活に喜びをもたらすちょっとした行動を教えてください。

こういうライフハック的な日常の工夫っていいですよね。
X(旧Twitter)とか見てると、「お、これいいかも。」みたいなことが不意に流れてきたりして、実際に試してみたくなります。

私の場合そんな便利なものは提供できなさそうですが、私が普段から意識していることを皆さんに共有できたらと思います。

生活に喜びをもたらすたった一つの工夫

man carrying a baby
Photo by Josh Willink on Pexels.com

これについては過去に書いたことがあると思うんですが、私の工夫はずばり「身近な人にポジティブな言葉を贈ること」です。

それは例えば私だったら妻だったり、息子だったり、友だちだったり…
とにかく自分の身近な人です。

基本的に私は毎日、自分の家族にポジティブな言葉をかけるようにしています。
「ありがとう」とか「可愛い」とか「生まれてきてくれてありがとう」とかそんな言葉です。

たまーに妻にポジティブな言葉のシャワーを浴びせるという遊びをしています。


まず抱きしめる。
そして耳元でポジティブな言葉をひたすら伝えます。


「生まれてきてくれてありがとう」
「今日も可愛いね」
「いつも家のことをしてくれてありがとう」
「愛してるよ」


みたいな言葉を思いつく限りダダダ!!と浴びせます。

その後パッと妻の顔を見ると、すごく嬉しそうにニヤニヤしています。
妻の嬉しそうな顔を見ると私もなんだか嬉しくなってきます。

「好き」とか「ありがとう」って人を幸せな気持ちにしてくれるいい言葉のはずなのに、なんとなく恥ずかしいような気持ちになって伝えられなかったりしますよね。
でもそれってすごくもったいないと思っています。

ポジティブな気持ちを伝えるだけでお互いが幸せになれるなら、これより素晴らしいことはないと思います。
とにかく毎日少しずつでも伝えることで、恥ずかしさとかが消えて、「ありがとう」とかを伝える習慣だけが残るので、是非とも皆さんにやってみてもらいたいと思います。

気持ちを伝えられなかったという後悔

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Photo by Download a pic Donate a buck! ^ on Pexels.com

なぜ私がこんなにもポジティブな気持ちを伝えることにこだわるかというと、単純にコスパ?が良いだけじゃなくて過去の後悔が大きいんです。

私は数年前に父親を亡くしたんですが、本当にある日急に亡くなってしまいました。
当時の私は俳優を目指して東京で生活をしていたりしたんですが、私の活動を応援してくれていた父親に「ありがとう」とか「今僕は幸せです」とか、そんなことも伝えることができないまま、もう会えなくなってしまったんです。

「なんで俺はそんな簡単なことを伝えてこなかったんだろう…」と後悔した経験があって、それからはなるべく感謝の気持ちは思ったその時に伝えようと思ったわけです。

https://nehan.blog/%e4%ba%ba%e3%81%8c%e3%80%8c%e6%ad%bb%e3%81%ac%e3%80%8d%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e3%81%93%e3%81%a8%e3%80%82%e7%a7%81%e3%81%8c%e6%ad%bb%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%82%93%e3%81%a0%e5%a4%a7%e5%88%87/
この記事に私の後悔が書かれています。

そんな後悔から、なるべく自分の気持ちは伝えるように意識して生活するようになったわけですが、これが思った以上に良いんですよね。
とにかく気持ちが良い。
そして日常のあらゆることが円滑に進むようになる。

自分を構成する環境とかが心地よくなってくると、毎日に生じる気持ちにも変化が出てきます。

家庭とかって安らげる場所であってほしいと思うはずですが、家庭が居心地の悪い場所だと毎日がしんどくなってきますよね。
なので、身の回りにポジティブな気持ちを習慣的に伝えることは、自分が身を置く環境を整えるということにもつながると思っています。

感情は連鎖する

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Photo by Anni Roenkae on Pexels.com

これも普段からよく感じることで、感情は連鎖すると思っています。

例えばですけど、いつもニコニコしている人が近くにいるか、いつも不機嫌な人が近くにいるか、どちらが心地いいかみたいな話です。

人は目には見えない情報も無意識に感じ取って、それを自身の感情に反映させる生き物だと思っています。
別に問題の核心を見たわけではないのに「なんとなく雰囲気が悪い」とか「なんか怒ってる…?」みたいに感じたことがあると思います。

これは会話の微妙な間であったり、表情やしぐさから無意識に「違和感」を感じ取った結果なのかな、と。

上記はネガティブな場合ですが、ポジティブな場合も存在するわけです。
自分がポジティブな感情を発し続ければ、それも派生的に広がっていくということです。

とはいえ、距離感みたいなものも大事ですけどね。
全然親しくない人に「好き」とか「可愛い」とか言いまくってると、「何この人…」みたいに感じられるかもしれませんし、あくまで身近な人に対して行うのがベターだと思います。

人を気持ちよくすることは自分を気持ちよくすることにつながる。

「情けは人の為ならず」という言葉があります。
これは「人に親切にすることは巡り巡って自分のもとに返ってくる」みたいな意味で、それに近い考え方なのかな?と。

ただこれは「見返りを求めて人に親切にする」ということではなくて、心から「この人のために○○をしてあげたい!」という本質的なギブ(give)の姿勢が結果的に自分のためになるよ、みたいな話です。

なのでポジティブな気持ちを伝えるということも、なるべく本心から感じている部分をすこしずつ相手に伝えるようにするのが良さそうです。
そうすることで人に感謝できる幅が広がっていくんだと思います。

まとめ

感情の循環とかを意識し始めると、モノ思考から離れられるように感じています。
(モノ思考とは、物質的な存在に依存するような考え方です。)

たとえば「これを手に入れれば幸せになれる…!」とか「お金があれば…!」とか「マイホームがあれば…!」とかそんなやつです。
別にモノがなくても、ポジティブな感情を生じさせてくれる人が周りにいることに幸せを感じられますし、その人から感情の循環を感じられた時「あ、今で十分幸せだな」と感じられるようになります。

モノに依存するということは誰かに人生の主導権を握られているのと同じだと思っています。
自分の欲しいモノが高価だったら、その分必死に働いて、誰が決めたかもわからない「価値」に縛られて生きることになるのかな、とか。

自分の日常に幸せを見出す工夫があれば、誰だって、いつだって幸せになれるんじゃないかな?と思っています。
またそんな日常の気づきがあれば共有します。

それでは素敵な人生を。

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