みなさんこんにちは、涅槃ぶろぐのモロです。
今回は日替わりのテーマについて書いていこうと思います。
最初に思いついたことを書き出してください。
私の頭の中は「明日休みや~」です。
(ちなみに今は金曜日で、仕事にいく電車の中です。)
では、そんなものを起点に書きすすめてみましょう。
明日はお休み

私は土日祝日がお休みの会社で働いています。
なので、毎週金曜日になると「明日はなにをして過ごそうか」ということで頭がいっぱいです。
(もちろん仕事はちゃんとやります)
基本的にお休みの日は家族で過ごします。
朝からパンを焼いたり、公園に出かけたりします。
そして、晩御飯はみんなの食べたいものを聞いて私が作ります。
(平日は妻が作って、休みの日は大体私が作ります。)
周りから見ると何でもない、「ただの家族で過ごす時間」だと思うんですが、私はいつもこのお休みをモチベーションに日々を過ごしています。
毎日、どこかへ向かって生きている

改めて「明日は休み」という気持ちに向き合っているわけですが、人はみんなどこかへ向かって生活していると思うんですよね。
私だったら一週間単位でみると「毎週の休み」に向かって生活しているわけです。
それは「日常の中にある楽しみ」みたいな見方ができると思うんですが、こういうものがないと毎日頑張れないんですよね。
こういう「楽しみ」というのは、言い換えると「人生の刺激」みたいなものだと思っています。
人生には濃淡があって、楽しかったり、辛かったり、なにも無かったりするわけですが、こういう濃淡があるから自分が生きていることを実感するし、その濃淡こそが人生なのかな?とかを感じます。
濃淡の無い生活

たとえば「濃淡の無い生活」ってどんなものなんでしょう。
「なんの感情の起伏も無く、ただそこに生きている。」というような感じですかね。
辛くも無いし、楽しくもない。
食べ物を食べても感動は無いし、生きていることに痛みも悲しみも伴わない。
…結構、寂しいですね。
きっとそんな状況では「なんのために生きているんだろう?」という感情すらも湧かないと思うんですが、私だったら「なんのために生きているんだろう?」みたいなことを考えてしまいそうです。
そう思うと、辛かったり、悲しかったりするときって、経験としてはネガティブですけど、それによって楽しさとか、喜びを感じられているとも思えるので、「何かを感じることができる」というのは結構尊いことだなあ、とか思っちゃいますね。
わたしの人生を彩るモノ

基本的に私は「辛いなあ~…」と思いながら仕事に行っています。
土日祝日が休みで、仕事内容も比較的、自分の好きなジャンルのことができているので、かなり恵まれているとは思うんですが、それでも家族と過ごす時間と無意識に比較してしまって、辛くなってしまうんだと思います。
でも、何かに対して「辛いなあ」とか、そんな感情の中で「頑張った!」という実感が、私の人生を彩ってくれているような気もします。
楽しかったり、辛かったり、どうにもならなくて嫌になったり。
そんないろんな感情や出来事によって、私が私であるという実感をつくりだすんだと思います。
まとめ
なんか適当な書き始めから、精神的に結構深いところまで行ったような気がします(笑)
休みって私にとっては特別なもので、それを有意義にしたいから、毎日を頑張れるし、意味を感じられる。
これはきっと、万物共通の考え方だと思っています。
自分にとっての「特別」は、その他の「普遍」によって成り立っているわけですよね。
道端で会う、ただすれ違うだけの人もいれば、自分の命を投げ出してでも守りたい人もいるわけです。
濃淡はありますが、自分に関わる全ての要素に感謝できるようになれば、見えてくる世界も変わりそうな気がしました。
それでは、また。