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お金があれば人は幸せになれるのか。お金と幸せの在り方について考えてみた。

みなさんこんにちは。

今回はタイトルにもあるようにお金の話。

みなさんはお金について考えたことがありますか?
私はたまーに考えます。
でもそんなにしょっちゅう考えているわけではありません。

日常的なことでいうと「お金がなくなってきたなあー」とか「卵高くなったなー」とかそんな感じです。
あんまりお金の意味みたいなことまで掘り下げることってないですよね。

でも、お金って結構重要です。
お金が無いと困りますし、お金が原因で人が死にます。
お金は人を惑わせますし、お金で人を裏切ることだってあると思います。

私たちの生活にかなり密接していて、それもすごく重要な立ち位置を占めているお金。
そんな重要なものを「なんとなく」で使うのってよくよく考えたらちょっと怖いですよね。
なので今回はお金についてちょっと真剣に考えてみようと思ったわけです。

お金ってなんだ?

roll of american dollar banknotes tightened with band
Photo by Karolina Kaboompics on Pexels.com

お金ってなんなんでしょうか。
みなさんはお金にどんな印象をもっていますか?

便利なもの?
好きなもの?
人生で最も重要なもの?
いろんな意見があると思います。

先ほども軽く触れましたが、お金が無いと困りますよね。
重要なものであることには間違いなさそうです。
しかし、人生で最も重要かと聞かれると私はそうは思いません。

お金の用途を考えたときに、ふわっと頭に浮かんでくるものは引換券的なものなんですかね?
コーヒーという「モノ」と100円という「お金」を交換できたりしますよね。

交換できる範囲を考えたとき、きっと「モノ」だけではないですよね。
たとえば「引っ越し」を10万円で依頼することもできます。

引っ越しと言うのはモノじゃないですよね。
人の労働力であったり、サービスであったり。
形のないもののやり取りであってもお金は交換可能にしてくれます。

あらゆるものを交換可能にしてくれるお金。
でもよく考えたら、なぜお金はあらゆるものと交換できるのでしょうか。

物質的な見方をすると、紙幣は「紙」で硬貨は「銅」とか「アルミ」ですよね。
なぜそこに印字されている文字や形が変わるだけで、その他の紙と銅やアルミと差別されて、特別な価値を持つようになるんでしょうか。

お金のチカラ

black steel pet cage with one dollar
Photo by Reynaldo #brigworkz Brigantty on Pexels.com

お金にはなぜ価値(チカラ)があるんでしょうか?

簡単に言ってしまえばお金に価値があると全員が信じているから価値があるのだと思います。
簡単に言ったつもりでしたが、ちょっとわかりにくいですよね。解説させてください。

お金が価値を備える上で必要なのは「ルール」「信用」だと思っています。

まずルールですが、紙や銅やアルミでできた「お金」というモノに価値を持たせて交換可能にしましょう。というルールです。
このルールに賛成することで、賛成している人同士であればあるゆるものがお金と交換可能になります。

おなかがすいて手元に食べ物が無くても、お金があれば手に入れることができます。
しかし、ここでお金に対する「信用」が取引に影響を与えます。

たとえば100円持っているとします。
街の中だと大体の場合それは100円として機能しますよね。
街中では100円と水を交換したときに、100円を受け取った人がその後も水と交換可能な100円として扱えるという信用が取引を成立させてくれるわけです。
引き続き価値が保たれるイメージですね。
これはつまり100円の価値が信用されている状態です。

でも砂漠だったらどうでしょうか。
砂漠でもお金と水を交換できると思いますが、砂漠だとお金の信用が一気に下がることがわかると思います。
100円と水を交換して、100円を受け取った人がその後も100円で水を買えるでしょうか。
きっと難しいですよね。

モノの価値は需要と供給のバランスによって決定されます。
水が欲しい人の数とその場にある水の量によって価値が変動するわけです。
水が500mlしかなくて、のどが渇いた人が100人いたとしたら「1万円出す!!」とかいう人も出てきそうですよね。
これは需要が多くて、共有が少ないときの例です。

逆も然りで、需要が少なくて供給が多いときは価値が下がっていきます。
砂漠で「砂売りまーす」とかいっても、価値が付かないことはイメージできますよね。

つまりはお金が引き続き交換可能な状況下において、お金の信用が保たれるという感じです。
そしてこの交換可能であるという信用がお金のチカラというわけですね。

お金の支配

person counting cash money
Photo by Karolina Kaboompics on Pexels.com

私は普段から「お金に支配されている」と感じることが多いです。
お金のために働いて、お金のために一喜一憂して、お金のためにトラブルになる。
これらの動きを感じたとき、なんとなく不毛だなと思いました。

おそらく人は何かを得るためにお金を手に入れるわけです。
でも私たちが得たいその何かというのは、お金で交換できる「モノ」それ自体なんでしょうか。

きっとそうではなくて、モノを手に入れたことによる「幸福感」ですよね。
またまたおそらくですが、ある意味で人は幸せを得るためのツールとしてお金を考えているんだと思います。
「お金があれば幸せになれる」
直接的に言ってしまうと、そう感じさせられているように思います。
でもよくよく考えると、お金で得られる幸せってたかが知れているんですよね。

たとえば10万円のブランドバッグが欲しいとします。
時給1000円の人だと、およそ100時間分の労働と交換でブランドバッグが手に入れられるわけです。

100時間の労働の中には、しんどい日や、辛い経験なんかもふんだんに含まれていると思います。
それらの体験や経験をお金に交換し、その後モノに交換する。
仕事にもよりますがなんとなくつり合いが取れていないなと感じることが多いです。

人はお金やお金と交換するモノがないと生きていけないんでしょうか。
そしてお金は人を幸せにしてくれるんでしょうか。

わたしにとってのお金

selective focus photo of stacked coins
Photo by Pixabay on Pexels.com

私の結論で行くと、お金だけでは幸せにはなれないと思っています。
もちろんお金があった方が実現可能な範囲が広がるので、あった方が良いとは思います。
でもお金のために自分の人生や精神を摩耗していくのは、どうも違う気がするわけです。

私が普段から幸せを考える上で「お金って面倒だな」と感じることが多いです。
私が本質的に欲しいのは幸せであって、お金ではない。
でもお金を手に入れるためにしんどい思いをしたり、嫌な思いをしないといけない。

大体においてお金には欲が絡んでくると思っています。
食べたい、痩せたい、かっこよくなりたい、可愛くなりたい。
そういう類のものです。

これらを脱ぎ捨てていけば、お金の煩わしさから抜けられないかな?と思っています。
お金が無くても幸せになるのなら、私は迷わずそうしたい。
そんな生き方をしたいな、と思っています。

そうなるためには自分の欲と向き合う必要があるし、自分の可能性を広げることが必須だと思っています。
必要なものを必要な分だけ。
そして、自分にできることはなるべく自分で。
そんな行動の積み重ねが長期的に自分を幸せにしてくれるんじゃないかな?とそう感じました。

まとめ

まあ、そんなことを言いつつもお金は稼ぐんですけどね。
あったらあったで困るものではないですし。

ただ、お金に執着しない考え方は大事だと思いました。
「お金のためになにかをする」というよりは「自分の幸せのためになにかをする」。
工程として、お金に変換する作業は必要ですが、目的が見えているかどうかで仕事や日常に対する考え方も変わるように思います。

お金は生きる上で不可欠的な立ち位置ですが、そんな価値観から気持ちだけでも離れられたらもっと生きやすくなりそうだ、と感じたわけです。
お金は大事だけど、個人の内面に広がる幸せの方が大事。
この感覚はできるだけ常に持っておきたいと思いました。

それではこのへんで。

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