人生 精神探求

もし明日死ぬとしたら、後悔しない?その「問い」が人生を変える

みなさんこんにちは、涅槃ぶろぐのモロです。

今回は「生きることと死ぬこと」について書いていきたいと思います。
みなさんは普段から「死」について考えることはあるんでしょうか。

私は割と日常的に、自分が死ぬときのことを考えるのですが(病んではないです(笑))、それが自分の人生を良い人生にしていくために必要なことなんじゃないかな?ということを感じたので、ここでシェアしてみようと思います。

もし明日死んでしまうとしたら悔いはないか

私はよく自分にこの問いを投げます。
そして、昔の自分はこの問いに対して「No」が発生していました。

つまり、自分の人生を振り返って後悔してしまいそうな感覚が常にあったのです。

その感覚がどこからやってくるのかは、その当時よくわかっていなかったのですが、どうやら私は自分の人生と真剣に向き合えていなかったのだなということに気が付きました。

自分のやりたいこと
自分の好きな人
自分のなりたい姿

そんなものと向き合うことをしないで、なんとなく展開される毎日をなぞっているだけのような気がしていたのです。

私はどう生きたいのだろう?

私は自分の人生について考えました。
この人生でやりたいことって一体何なんだろう。
自分は人生最後の日のどのような感情、状態にあれば満足することができるんだろう。

そんなことを考える時間が増えました。

そこで出た答えとして、

自分の表現(作品)で生きたい。
そして、その表現(作品)によって誰かの人生にいい影響を与えたい。

と感じるようになりました。
何を言ってるのかよくわからないかと思いますが…

たとえば、自分の描いた絵で生計を立てたり、自分の描いた絵によって「この絵に出会えてよかった」と思ってもらえるようになりたいというようなことです。
(これは絵に限らず、自分が本当にやりたいと思えることで誰かの役に立つ、ということが言いたいのです。)

さらにいうと、私には今家族がいるので「私の家族を世界一幸せ(笑顔)にできる人」でありたいと思っています。
これが見えてきたとき、私の生活はそれまでとは大きく変わりました。

自分の理想と現状とのギャップ

私には「自分の表現で生計を立てつつ、人にいい影響を与えたい」という目標と、「自分の家族を世界一幸せにしたい」という目標がありました。
しかしながら、自分の生活はそんな理想とかなりギャップがあるわけです。

息子たちは「保育園が嫌だ」と泣く日もあれば、妻も精神的に余裕がなくなりイライラしているような時もあります。

この現状に対して私が感じたのは、「今のままの働き方ではダメだろうし、もっと時間が必要だ」ということでした。
9時~17時の会社員で、決まったお給料の中で生活するというのが私の現状なのですが、それでも時間は足りないし、お金も十分ではない。

私個人としては、お金はそこまで必要ないと思っていても、家族のやりたいことを掬ってあげるためには、お金が必要にもなってくるわけです。

そうなってくると、自分の「今」を自分の「理想」に向けて動かしていくしかなくなるんですよね。
それはたとえば、努力とかそんな話になってくるのですが、それが必然になってくるんです。

努力の必要性が見えてくる

「このままではダメだな」と感じて、動く必要性を自分の中に認める瞬間というのは、きっといろんな人が感じるものだと思います。
私の場合「時間もお金も必要だ」と感じて、「今の働き方では無理だ」と思ったので、そこから平日は4時に起きて作業をするようになりました。(可能な範囲で)

そして、SNS閲覧で消えていた通勤時間で副業をするようになりました。

さらに言うと、本業でも一番の成果をあげることを自分に課すようになりました。
一番成果をだして、周りの人を助けて、その上で自分の将来の準備を進める。
もちろん家事も子育ても手を抜くつもりはありません。

自分の理想の未来が明確になってくることで、目の前で何をすべきかというのが面白いほどに浮かび上がってくるようになるんです。
ただ、これらをやろうと思うと、今までの生活から大きく変えないといけないことがたくさんあるわけで、大変なんですよね。

しんどい、疲れた、もう無理だ。

そんな言葉が頭の中に湧いてくることもあるのですが、ここで最初の問いに帰ってくるんです。
「それをしないで生きた先で、後悔はしないだろうか。」

後悔の無い人生とはなんだろう

私はこの人生において後悔をなるべく少なくしたいと思っています。
ゼロにすることはできないにしても、少なくすることはできると思うのです。

私は、「自分の人生に対して以下に真剣に向き合ったか」「自分自身に対して正直に生きられたかどうか」が人生の後悔を大きく左右すると思うんですよね。

そこには覚悟みたいなものも必要だったりして、言葉で言い表すほどシンプルではないのかもしれません。
でも、自分が死んでしまう最期の瞬間に「これでいい」と思えるかどうかって、とても大切なことだと思うんです。

極端に言うと、それは自分の人生そのものを肯定できるかどうかというような話で、何気ない毎日の積み重ねこそが自分の人生を肯定するために必要なことであるとも言えそうです。

まとめ

「後悔なく生きる」ってきっとすべての人が望むことだと思いますが、その方法って誰も教えてはくれませんよね。
これはきっと、大人であろうが、子どもであろうが、後悔をなくすために何が必要なのかが、いまいちわかっていないということでもあるのかな?と思っています。

自分の人生と真剣に向き合い、自分自身に正直に生きること。

その中でやるべきことは個人によって変わるものだとは思いますが、きっと人生を好転させるヒントになると思っています。
もしよかったら、今この瞬間に「もし明日死んでしまうとしたら悔いはないか」と自分に投げかけてみてください。

もし「No」なら。
あなたがやるべきことはまだ始まっていないかもしれません。

この記事が誰かの役に立てば幸い。
それでは素敵な人生を。

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